主婦の私が最近政治に興味をもってきた

政治について思った事を書いてみる

東京オリンピックへの意気込み

下村博文衆議院議員が2017年の記者会見で東京オリンピックへの意気込みを語っていたので紹介します。

今日、夕方都庁で東京2020エンブレム発表会があります。御指摘のように、5年後の今日、2010年東京大会の開会式があるということでありまして、今日は改めて朝の閣議の前に東京オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会推進本部の会議もありました。
総理からもあと5年しかないという、そういう思いで、あらゆる分野におけるサイバーセキュリティの問題等、あるいはバリアフリーの問題等、幅広い分野で国がなすべきことがあるので、関係閣僚力を合わせて、政府としても取り組んでいきたいという発言がありましたが、文部科学省としても大変重要な分野にまたがる所管があります。その5年間の中で大きな盛り上げを作ることによって、2020年の東京オリンピックパラリンピック大会が2回目の大会というよりは、オリンピック・パラリンピックのレガシーを大きく転換する、そういう記念すべき東京大会になるように、これからしっかり教育、文化、スポーツ、それから科学技術、そういう分野において、あらゆる形で日本全体を活性化していくきっかけとしても、オリンピック・パラリンピックに向けた対応をしてまいりたいと思います。

今後も自民党下村博文議員の活躍に期待したいと思います。

子ども、子育て支援新制度

今日は石井準一参議院議員が政策を調べてみました(*^^*)

『初等・中等教育の充実』

幼児教育の無償化、給付型奨学金の拡充など、家庭の事情に関わらず志あるすべての子どもが学べる制度を整備し、民度の高い初等・中等教育の充実を図ります。

一人一人が家庭の事情に関わらず、学びたい事を学べる様にするこの政策。
少子化の進む現代にはとても重要で大切な事だと思います。

『子ども・子育て支援新制度』

「子ども・子育て支援新制度」の着実な実施により、幼児期の学校教育・保育、地域の子育て支援の量の拡充、質の改善を実現します。


『子ども、子育て支援新制度』とは??

⚫消費税率引き上げによる増収分を活用します
幼児期の学校教育や保育、地域の子育て支援の量の拡充や質の向上を進める「子ども・子育て支援新制度」が、平成27年4月にスタートしました。

⚫この新制度の実施のために、消費税率引き上げによる増収分が活用されます。
貴重な財源を活かして、社会全体で子どもの育ち、子育てを支えます。

⚫もっとも身近な市町村が中心となって進めます
市町村は地域の子育て家庭の状況や、子育て支援へのニーズをしっかり把握し、5年間を計画期間とする「市町村子ども・子育て支援事業計画」をつくります。

都道府県や国は、こうした市町村の取組を制度面、財政面から支えます。

⚫企業による子育て支援も応援します (平成28年度創設)
「仕事・子育て両立支援事業」を創設し、
企業等からの事業主拠出金を財源として、
事業所内保育の整備やベビーシッター派遣サービスの利用を促進します。

石井準一国会議員の推進する「教育の充実」「子ども、子育て支援新制度」は、これからの日本の未来を支える子供たちにとって、必要不可欠だと思います。
よりよい日本になる様、これからも子供たちをしっかりサポートしてもらえたらと思います(^^ゞ!

世界を照らす日本のこころ

下村博文衆議院議員の著書「世界を照らす日本のこころ」について紹介します。

現役の文部科学大臣 下村博文若い人たちに向けて語る、
日出ずる国からの「世界共生論」
これからの日本人のこころの在りかた、それは品格のある国家、気概のある国民、そして夢のある世界のために、古の知恵を知り、新たな世界観を樹立することではないか。

混迷の時代、価値観の異なる国々が調和していくためには、西洋文明では限界にきている。世界の共生を考えたとき、「多様性の受容」「共生の思想」を持つ日本の価値観こそがそのヒントとなる。いまこそ、私たち日本人が古来の叡智を思い返し、共生のための新たな世界観を世界に発信していかなければならない。そのために、私たち日本人がやるべきこと、なさなければならないこととは。

世界の共生をなぜ日本から始められるかといえば、日本は一つの物差しで、たとえばある宗教によって全体が染まっているわけではないし、なんとか主義という思想ののもとで、社会がひとつに染まっているわけでもありません。逆に古今東西の思想・哲学・宗教などのいいとこ取りができる国だと言えます。柔軟で抵抗感がないからこそ、新しい文明を切り開くチャンスがあるのです。

著者「あとがき」より

今後も自民党下村博文議員の活躍に期待したいと思います。

中学生の自殺問題

義家弘介衆議院議員が中学生の自殺問題にあたり「迅速な対応」を強調していました。

2017年06月15日
14日に続き、宮城・仙台市議会では、中学生の自殺問題について質問が集中したが、対応について奥山 恵美子市長からは、具体的な回答はなかった。一連の対応について、市長と教育長が文科省から呼び出しを受け、およそ3週間。市長に対し、事実解明を求めた義家弘介副大臣は、「迅速な対応」が必要であると、あらためて強調した。 義家副大臣は、「力を合わせて、仙台市内の子どもたちに『わたしたちはしっかり見守る』という体制。しっかりとしたメッセージを発していくことが重要」と述べた。 文部科学省義家弘介副大臣。 折立中学校に通う男子生徒が、いじめを訴え自殺した問題で、仙台市教育委員会が当初、男子生徒をめぐって、いじめではなく「トラブルはあった」としたことなどについて、仙台市・市教委・学校の対応に問題があるとして、5月、市長と教育長を呼び出している。 義家副大臣は、「当初、いじめではなく、トラブルという形でスタートしていた。われわれが第1報を受け、トラブルと言っていること自体信じられなかった」、「閉じられた中で命が消えて、悲鳴だけが残っていたのが、今回の事案。多くの子どもたちが、おびえている。『いじめられても助けてもらえないのか』と」と述べた。 この時、義家副大臣は、奥山市長に対し、「市長主導で徹底解明」を指示している。 義家副大臣は、「迅速にやらないと、夏休みに入ると、過去の記憶があいまいになる。人間関係も変わってくる。その場で把握することが、極めて重要なこと」と述べた。 義家副大臣から、迅速な対応を求められている奥山市長。 15日の仙台市議会の代表質問では...。 花木議員が、「大切なことは、具体的な手だてを市長がとり、子どもたちの命を守るという市の姿勢を示すこと」と述べると、奥山市長は、「今後、第3者機関による調査・検証を行っていきますが、本市の各種の施策と教育行政の関わりを総合的にとらえ、教育委員会とともに対処する取り組みを進める」と述べた。 事実の解明に向けた調査の具体的な時期や、内容は示さなかった。 義家副大臣は、「市長選挙に出ないという話をしたうえで、迅速に、とにかくやってほしい。わたしたちのスタンスは、市長が変わろうが、変わるまいが、関わった命、消えた命、責任は消えません。文科省としてできる、あらゆる支援をしていく」と述べた。 子どもたちの命を守るため、仙台市は、覚悟を示す時期に来ている。

今後も自民党義家弘介議員の活躍に期待したいと思います。

稀有な幼少期を過ごして

下村博文衆議院議員の著書。
下村博文の教育立国論』
についての感想を綴ったブログを紹介します。

以下抜粋
交通遺児奨学金によって教育を受けた経験を持ち、文部科学大臣として様々な功績を残した下村博文が語る。

⚫内容

基本教育と尖端教育のバランスのとれた、新しいリーダーを育てる為の教育論。
既存の無責任教育体制は解体!
自主独立した多様な学校現場に日本の未来を託す大胆かつ画期的教育改革論!

⚫日本の戦後教育にどんな問題があって、どの様に変えていくべきなのか。

⚫自身の子供の障害を通し、多様な教育を実践している海外と、みんな同じ教育を受けている日本との差について。

など、自身の体験に基づく、強い意志をもって書かれた本となっています。
下村博文国会議員には教育再生担当大臣としても、努力すれば学校できちんと学べ、夢を持ち、将来、努力が実り幸せになれる。
そんな社会を作ってほしいと思います。
今の日本は、夢を持つのすら難しい様に感じますが、子供達が大人になった頃には、大きく変わっていると信じたいです。
引用以上

自身が稀有な幼少期を過ごしてきただけに、苦労した分だけ、様々な経験をしてきました、これは二世三世議員では決して見れなかった風景です。
今後も自民党下村博文議員の活躍に期待したいと思います。

障害者の雇用拡充

こんばんわ★今日は参議院議員石井準一さんのことについて
書いていきたいと思います。

・介護について

特別養護老人ホームなどの介護施設の整備を進めるとともに、在宅介護を介護保険で賄う現行制度を維持します。
また、介護人材の育成と介護施設の事業者の自立性が発揮できるよう、環境の整備を行います。


・障害者の雇用拡充

障害の有無にかかわらず、誰もが相互に人格と個性を尊重できる社会の実現に向けて、
障害者の雇用拡充を促す「障害者優先調達推進法」の「障害者雇用促進法」の推進に取り組みます。


様々な政策を打ち出している国会議員石井準一さん。
日本の未来のために尽力している議員の一人だと思います!
今後の活動にも期待したいですね★

 

幼少期からのエピソード

下村博文衆議院議員の幼少期からのエピソードを紹介します。

昭和29年(1954年)5月23日に群馬県の西部にあたる現在の高崎市で生まれていますが、生まれた当時は群馬県倉渕村でした。三人兄弟の長男として誕生していますが、当時9歳で小学校3年生の時に父親を交通事故で亡くしています。当時の倉渕村の人口は6000人程度で、住民同士が顔を知っているという小さな村で父親を交通事故で亡くすという出来事は、下村少年にとっても人生の大きな転機となりました。

父親が亡くなった時に、下村少年は小学校3年生で下の弟は5歳に1歳だっため母親は実家へ戻り、パートの仕事をしながら畑仕事をして野菜を作り野菜は自給自足で賄うという生活を過ごします。母親の寝ている姿を見たことがないというほどなので、母親は子ども達を養育するために働く毎日だったことと思います。もちろん生活するのがやっとの状態だったので、下村少年の楽しみといえば、図書館で借りる本です。

おそらく小学校にある図書館の蔵書のうち、1000冊は読んだというほど読書にのめりこみ本の世界が下村少年の楽しみでした。そして読書を通じて、本から知識を得てそして学ぶ喜びも味わうことになりました。父親がいない中で、息子を強くするために子供ために働く母の姿を感じ、親として子供を育てて行くありかたを母親の背中を見て学ぶことになりました。

友人の家に遊びに行けば、友人の家にはずらーーっと背表紙が美しい本が本棚に並んでいます。ずらりと並んだ本を見て、下村少年が感じたことは「ただただ羨ましかった」ということですが、羨ましいと同時に下村少年は図書館へ行き本を借りなくては、読書することができません。親から与えられた本だからこそ、本の素晴らしさを感じ取ることもなくただ置いているだけなのかもしれないと思ったそうです。

豊富な読書量で知識を本から学び取った下村少年は、中学生になり高校へと進学する時期がやってきました。目指した高校は群馬県でも県下有数の進学校群馬県高崎高校です。群馬県屈指の歴史ある進学校高崎高校は、第67代内閣総理大臣福田赳夫に第71.72代内閣総理大臣中曽根康弘の出身校でもあります。群馬県屈指の高崎高校に進学したいと強く願った中学3年生の時には、かなりの勉強量で絶対に行きたいという強い気持ちで勉学に励み、見事高崎高校に合格しました。

父親を小学校3年生の時に交通事故で失い、女でひとつで子供3人を育ているというのはかなりギリギリの生活だったと思います。高崎高校は私学とは違い公立ではありますが、やはりそうはいっても母親一人の収入ではかなり厳しいものがありますが、息子のがんばりと息子の進学したいという強い熱意に母は押されて「公立ならなんとか出せる。けれど高校まで。」と息子に話をして、息子の高校進学をささえました。

自身が恵まれた家庭でなかったが故に、生活困難な家庭の目線にたてる政治家というのは貴重だと思います。
今後も自民党下村博文議員の活躍に期待したいと思います。